死体を愛する小娘社長の日記

小娘の葬儀社社長の私が、本心だけストレートに書く日記。社会 時事・各種宗教・社会哲学・古典・日々の出来事など

あの世まで持って行く事

 

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  名古屋市桶狭間の慈雲寺

     隨麗 (id:jiunji) 住職のブログで

 

 

 

家族が知っている「人の姿」は、一面でしかありません。いや、父として、夫として、祖父として・・・

それぞれ違うはずです。

 

葬儀、とりわけ通夜に集った人々が、それぞれの思い出を語ってくれたら、残された遺族は、

故人をさまざまな面を持った「立体としての人間」として深く心に刻むことができるのではないでしょうか。

 

記事の中で、家族も知らない故人の姿を知る事で、故人を深く心に刻む事が出来ると述べている

 

多分、私も両親の事を3分の2くらいしか知らない

 

 

隨麗住職のとは少し違うが

 

…………以前、

ロリポップ常務が葬儀を施行した、ビルマ帰りの従軍看護婦の見事な婆ちゃんにも、そんな事象があった

 


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この婆ちゃんとは、とても思い出に残る経緯がある

 

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私はこの婆ちゃんから

 

『自分が死んだらロリポップ常務へ渡して欲しい』と、手紙を預かり

 

私はロリポップへ渡した………

 

 

 

………………4カ月殆ど過ぎ…

 

私はロリポップ担当の斎場で、

彼女がいつも持ち歩いていた、従軍看護婦の婆ちゃんの手紙を読ませてもらった事がある

 

 

昔の人らしく達筆で…φ(.. )解読が難しいけど

「時候の挨拶」から始まり手抜きが無い

 

 

読み進めると……

 

ロリポップや私達へのお礼

婆ちゃんの血まみれの青春時代の事が書かれていて

 

ジャワ島からビルマへ…

 

 

兵站病院にも抗日ゲリラの襲撃があり

 

肩を撃たれた自分を突き飛ばし、

自分の代わりに死んだ士官が持っていた拳銃を無意識に拾い

 

握ったまま後ろを振り返ると突然弾が出て…直ぐそこに居た

 

 

     ゲリラの一人が倒れたそうだ

 

 

 

戦闘部隊が助けに来てくれて助かったが

 

その後、部隊ごと捕虜になり、マラリアでイギリスの捕虜収容所の病院で入院。復員船で同僚と帰国を果たした

 

 

帰国後、様々な病院で看護婦として婦長として働き、人が集まり……同じ部隊の同僚にも再会したけど、そんな事は話せず…

 

 

あのゲリラは死んだのか?助かったのか?

 

あの世まで持って行くつもりだったみたいだけど、何故かロリポップに手紙で伝えた

 

 

看護婦の自分が、人を殺したかも知れない事は誰にも打ち明けてはいない。

 

でも、ロリポップ常務なら自分の行いを「肯定」してくれる

 

        そう思ったのだ。

 

 

 

時々、そんな故人がいる

ホスピス、緩和病棟などで、私達だけに打ち明ける…これから死ぬ人

 

教会の懺悔部屋でもないのにね。

 

 

ロリポップはそんな時、

  私達は「遊塵」だと表現しているそうだ

 

 

多分幸田露伴」の「遊塵」からの例えで

 

親鸞聖人」の言う煩悩具足の凡夫である私達は「遊塵」だよ、と話している

 

 

浮遊している塵は光に会わなければ見えない

強欲な塵の私達は、光に照らされない限り、本当の自分の姿には気付かない

 

 

いま、阿弥陀(この世界に満ち満ちる限りない光と限りない命のはたらき『無量寿』『無量光』)に出会い照らされ、本当の自分の姿に気付いたからには、浄土へ直行は間違いありませんよ……と

 

 

 

……………「で、この婆ちゃんには何て言ったのさ?塵だけじゃ足りないでしょ?」

と、ロリポップに聞くと

 

 

 

歎異抄」の…………

 

 思い通りに殺すことのできる縁がないから、 一人も殺さないだけなのである。

自分の心が善いから殺さないわけではない。

また、 「殺すつもりがなくても、 百人あるいは千人の人を殺すこともあるだろう」と仰せになったのです。

 

お婆ちゃん、たまたまそんな縁があっただけだよ~と

 

この親鸞唯円のやり取りを話したら、

あぁ、そうだったね………って葬式の時、隣で言ってたよ

 

 

つまり

『縁』があったから彼女に話したって事だ。

 

 

そして、故人の全てを、本人から聞いて知る必要な『縁』がないから生前には知らなかっただけ。

 

私も両親の全てを知らないのは、知る必要の縁が無かったから……

 

 

ロリポップ常務は、従軍看護婦の婆ちゃんの死で、目に見えて強くなった

それも…あの婆ちゃんの『愛』だったのか?

 

 

手紙を読んで、そんな事を考えた事を

私は思い出した………