死体を愛する小娘社長の日記

小娘の葬儀社社長の私が、本心だけストレートに書く日記。社会 時事・各種宗教・社会哲学・古典・日々の出来事など

『命』の価値と父……

今週のお題「おとうさん」

 

私は…一度も『父』に怒られた記憶がない

 

私がお子ちゃまだった頃『モモ疲れちゃうよ~』と、

私がせがむとニコニコしながらずーっと抱っこして歩いてくれた。

 

そんな記憶しかない

 

 

父はなんとか大学を卒業後、直ぐに製薬関連会社に就職した…

 

彼は一人娘に殆ど自分の事を話さなかった

 

 

父の通夜前日…

母と私と父の最期の夜に、

中華屋さんのあんかけ焼きそばを食べながら母から父の仕事の詳細を始めて聞いた

 

 

父は私達との生活を支える為に博士や修士の学位を修得しなかったので…製薬研究部門ではなく、

抗血清やポリ・モノクローナル抗体を製造する為の『マウス』『ウサギ』の最終処理(起源管理)を行っていた。

 

 

 

私が小学校の1年生の時、テレビ番組で『マウス』を使った実験をやっていて

 

『パパ、ネズミさん痛くないのかな?』と聴いたら…

『痛いよね…………』と言って外に出ていった…

 

それを見ていた母にワケも判らず…ゲンコツで頭を思いきりぶっ叩かれた……乂-д-)

今でも忘れてはいない……

 

それからかな……父は虫や草花をむやみに獲らない事、草木も生きている事、足下にも目に見えない小さな生き物がいる事。

食べ物は自分が食べれる分だけ取って絶対に残さない様に優しく…繰り返し、繰り返し教えてくれた。

 

そして…全ての命の価値は

 

『等価値な事…』

 

『生物は自分が生きる為には他種の生物を殺さなけれは生き続けられない』

 

『それは全て生物が行っている』

 

『だから自分が奪った命を軽視しない無駄にしない事』

 

そして『関わった命には責任がある』

       

       と…繰り返し教えてくれた。

 

 

 

小学校4年生の夏休み

父の知り合いが居た山の中にある『食肉処理施設』に

両親に連れてこられた事があった…

 

豚や牛が機械に流れて行って首を切られる所を見せられた

 

子供の頃に父が言っていた事が

この時に理解出来た……

しばらくお肉は食べれなかったけど

 

 『生き続けるは他の生物を殺し続ける事』だということ

 

 

その後、食べ物としてもそうだが…

 

私達が生きる為に使う

『医薬品』を製造する為に犠牲になる

『ラット』や『ウサギ』『サル』や『犬』達……

私達のペットを助ける為の獣医も…ペットショップで売れ残った犬や猫を解剖等の材料として使い最期に安楽死させる事も……

 

私が理解できる様に話してくれた。

 

 

『生きる』と言う概念を、私なりに理解し自分の意見を持つ様になったのは父の影響だ

 

 

だから………生きる為にではない

自分のイライラや劣等感を解消する為に

『自分より絶対的に弱いもの』の命を奪う事や『虐待』をする事。

 

『自分が関わった命に対して責任を持たない事』を私は大嫌いだ

 

 

 

そして……

『(命を)いただきます』

と言って美味しく食べる事が大切なんだよと…

        父は教えてくれた……

 

 

 

そんな父の娘は何の因果か…人の最期に関わる仕事をなりわいにしている。

 

私は母の日と父の日は、大切な中華屋さんご夫妻に贈り物をしている。

 
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そして…いつもこの日私は…両親の遺髪が入ったロケットペンダントを首から下げて仕事をする

 

いまもね…首に掛けて……そして

 

人の最期に関わる………責任をもってね…

 

    大好きな…父に教わった通りに…