……いつでも誰かが
ある沖縄県民の葬儀…
今朝、沖縄から出稼ぎに来て急に亡くなったお父さんが家族と島へ帰って行った
沖縄って本土と少し違って「通夜」がかなり簡素で坊主も居たり居なかったりと。更に
「骨葬」が主流だから直葬みたいになったよ
まあ……平均年収ワースト1位だからか、東京って沖縄から家族を残して出稼ぎに来ている人結構居るの
でも出稼ぎって二重生活だから…当たり前にお金が掛かる……
それでも沖縄で働いているより収入は増えるからまだマシで
それに沖縄の人の「現状を変える人」には猛烈な圧力がかかるから、家族に良い生活をさせたければ島を出るしか無いって事だ
そんな話しを遺族から聞いた葬儀施行担当の浄土真宗の社員尼僧は
「ここは東京です。ここでは他人の目を気にする必要はありません。」と言ったら少し元気になったそうで
「友引前日のミニコンサートで“明るい沖縄を連想出来る曲”を演奏出来ないか?」
と要望(^_^)ゞ
バンドと後輩社長は三線を肩に掛けて「涙そうそう」と「いつでも誰かが」を演奏したよ
斎場に泊まっていた他の遺族からも手拍子が出て、あったかいコンサートだったそうだ
今朝、奥さんは遺骨を抱いて尼僧に
「ありがとう御座いました。
なんくるないさ~!おとう、帰ろう!!」と言って回送車に便乗して空港へ
なんくるないさ~……か
あの親子本当に「なんくるないさ」なのかな
私達、高校二年生と中学二年生の2人の子供が心配なんだよね。
現状を変える事を諦めたら“おとう”の苦労が水の泡になる
四十九日に連絡入れてみるか
……桃子の日誌…