死体を愛する小娘社長の日記

小娘の葬儀社社長の私が謙遜.誇大などせず、本心だけストレートに書く日記。社会 時事・各種宗教・社会哲学・古典・日々の出来事など

莫大な奨学金という借金抱えるより…無借金の高卒の方が幸せだと私は思う

 

臨済宗の僧侶 一休の目出たい言葉に

『親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ』と言うのがある

 

 

老いた順番に死んで行くのは良い事なのだ。

 

私も同感だけど、死なれるのが早すぎると

私の様に色々と困る事がある。

 

特に金銭的に非常にマズい……

 

 

去年の夏に葬儀受注した、

動脈乖離で亡くなった母子家庭の残された高校生の娘さん(偏差値が65以上の某中高一貫の女子高校生)がいて

 

奨学金の保障人も見つからない為、珍しくロリポップ常務がウチの会社バイトに誘い…

来年から契約社員になり、奨学金を使わず大学に進学する事が昨日決まり…

 

先程、私が叔父の所に挨拶に行って来た。

 

 

彼女は自らの運で安定した学費、生活費、就職先を手に入れた。

多分、彼女は当社の役員になる。

 

 

彼女の様にツイてる人はごく稀で…

こんな場合は殆どの人が進学を諦める。

 

ここで…全ての子供に諦めず大学進学が出来る様な制度を作らなければならないとか……

返済不要の奨学金をふやせとか……

 

そんな他人を自分では誰一人助けられない口だけ人間が、

耳触りの良い無責任な事を言うけれど、私は全部否定する。

 

それは皆さんご存じの様に『奨学金の返済』で苦労したり破産したり…時には自殺する人々がいるし、財源確保か大変だからだ。

 

だから…だれかれ関係なく奨学金など出すなとよろしく無い。

 

彼女は知能指数ロリポップ常務のお眼鏡にかなう程度に高かった事。

ピアノが上手かった事。

当社の第二言語の英語が話せる事。

そして運が良かったから大学進学が出来た

 

これか無ければ彼女は大学進学を諦めるしかない。

 

 

この世の中は味方によって公平でもあり不公平でもある。

今の制度はどんな三流、四流大学にでも進学に耐える学力(偏差値35でも)があり、保障人と返済する意志があれば借りる事が出来る。

 

でも、彼女の様に保障人が見つからないなどの諸問題があると借りる事が出来ない。


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どう考えても偏差値35の人間より偏差値70の人間が進学した方が

大学で学んだ事を自分の生活や会社や社会に生かす事が出来るのに大きな損失と言うものだ。

 

 

例えばこのバラマキをやめて…税金を投入して返済不要額を増やし

一定以上の成績の学生のみ使用出来る様にしなければ幾らあっても金が足りなくなる。

 

貧富の差なと関係なく努力して結果を残した者にのみ国費を使い学ぶ事が出来る様に。

 

それに…生活能力は学校の成績とは関係ないし、無理して1000万円近く奨学金と言う借金を背負って生活するよりも

高校卒で無借金で働いた方が遥かに自由に楽しく生活できる。

 

『公平』や『差別』の公理は変わらないけど解釈を変える事で定義は刻々と変化していく。

 

その変化に合わせて会社も団体も…

そして政治も制度も常に脱皮しなければ中身から腐っていく。

 

その変化を直接起こす政治家を選ぶのは私達なのですよ…

 

選んだ政治家を正すのもね……