死体を愛する小娘社長の日記

小娘の葬儀社社長の私が、本心だけストレートに書く日記。社会 時事・各種宗教・社会哲学・古典・日々の出来事など

笑わぬ目

 

私達四人の技術部は、自身に出来た観点の盲点を見つける為、Eテレの美術番組をよく見る。

 

先日の「日曜美術館」を技術局長が録画していたので、偶々居た杏奈ちゃんを入れた三人で見た。

 

番組は「菊畑茂久馬」の特集をやっていて、そのエピソード中に藤田嗣治が紹介されていた。


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この瓶底眼鏡のちょび髭おじちゃん……

フランスでこんなリトグラフ?を製作していたんだけど


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太平洋戦争中は軍に協力して「戦争画」を書いていた……

戦争画ってのは、古今東西 自軍が勇ましく、格好良く書くものだけど


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瓶底眼鏡の画家は………


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      「サイパン島玉砕」


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      「アッツ島玉砕」


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もちろん彼も勇ましく戦う日本兵を数多く書いたけど

戦いに敗れ最期の時を迎えようとしている日本の母子、それでも諦めず日本人母子を守る為に銃を構える日本兵士。

アッツ島での最期の突撃で、鬼となって戦い死んで行く日本兵士………

 

彼は、その時の事象をあるがままを書いた。

 

当然、戦後は猛烈な批判を浴びてフランスへ渡り最期を迎えた。

 

 

杏奈ちゃんは、番組を見終わって改めて藤田嗣治戦争画をネットで見ている。

 

私は…始めたら絶対に負けてはいけない、そう思ったけど、

杏奈ちゃんがどう感じるのかは彼女の自由…

 

その内に私は、藤田嗣治の画像を見ていて気が付いた

 

「杏奈ちゃん、このおじちゃんの画像の共通点が判るかい?」

『…………………』

「それは…」と言いかけたら技術局長が、

 

      「目が泣いている」と

 

自分って人間の全てを否定されたって感じる

私を含めた様々な人が、彼と彼の行動と作品を解釈するけど、

藤田嗣治はいつもどんな時も「絵」を書いていたかったんだろうな、戦争画を書けば、物資不足でも画材は軍が用意してくれたらね。

 

そして……

彼や彼の絵を持てはやし、戦後は手首がねじ切れんばかりの手の平返しを行い、

世論を扇動し日本から追放して、一人の絵描きバカの目を“二度と笑わぬ様”にしたたのは、マスコミって事を忘れては成らない……

 

     私はそう思っている